XILLIA

ぎゅってして

 その雑誌を開いたのはただの暇つぶしだった。
 集合時間にはまだ早く、アルヴィンは宿屋のロビーでソファに腰を下ろした。備え付けのマガジンラックになんとなく手を伸ばし、ぼんやりと左手でページをめくる。
 こんなふうに漫然と時間をつぶすことなんて、少し前までは考えられなかった。
(平和、だねぇ)
 うっすらと唇の端が持ち上がる。
 エレンピオスこのせかいは滅びの一途を歩んでいて、それを防ぐための方法を巡って大精霊と互角に渡り合える王様相手に一戦交えに行こうなんて道中だけど。
 ずっと自分の事ばかりでずるく生きていた人間からすれば、まるで日向に一歩踏み出せたような、それだけで穏やかな心持ちになれた。日差しが眩しすぎて痛かったりもするけれど、それは自業自得というものだ。
「おっはよー! 何読んでるの?」
「よぉ」
 今は細めてばかりの目だけれど、いつかしっかり顔を上げられるだろうか。
 元気な足音を立ててやってきたレイアに雑誌の特集ページを開いてみせた。まるで何事もなかったかのように話しかけてくれるから、アルヴィンも軽い口調をひねり出す。
「レイアは読んだ方がいいかもなぁ。『女子力アップ特集』だってよ?」
「ちょっと、わたしに女子力ないみたいじゃない!」
 いくら頬を膨らませたところで、腰に手を当てて仁王立ちでは説得力なんてなかった。
 アルヴィンは喉の奥で笑い、「じゃあ」とページをめくる。
 出てきたのは『女子力の高い台詞ナンバー1』というアンケート結果ページ。
「これ言ってみろよ」
「よーし、ぎゃふんと言わせてやるんだから」
「その台詞がすでに……イエナンデモアリマセン」
 睨まれて諸手を上げる。
 頷いたレイアが咳払いを一つ。大きく息を吸い込んで、言った。

「ぎゅってして!」

 満面の笑みで、拳を握り。
 その素直で元気な声音は非常にレイアらしくはあった、が。
「……女子力?」
「あれ?」
 なんか違ったかな? 口にした本人も首を傾げた。
 微妙な沈黙を破ったのはレイアの腰に伸びた細い腕。
「ぎゅ、です!」
「わ!? あ、エリーゼおはよう!」
 レイアが腰をひねると背中にくっついていた小さな頭が上向いて、はにかんだ笑顔が返された。
「おはようございます」
 ティポがくるりと周囲を回る。
『ねー、何しゃべってたのー?』
「女子力についてだよ!」
「じょしりょく、ですか……?」
 首を傾げるエリーゼに向けてアルヴィンが雑誌を掲げる。
「エリーゼ姫もちょっと『ぎゅってして』って言ってみてくれよ」
「……え」
 ソファに座っているからほとんど同じ高さで交わった視線は、ひどく冷たかった。細い眉はしかめられ、エリーゼは半眼でティポを抱きしめる。
 あげく一歩下がられた。
「なんでそんなことアルヴィンに言わないといけないんですか」
「あ、うん、俺にじゃなくてもいいから」
 全身から放たれる「騙されませんよ」オーラ。
 他意のない発言だったのにあからさまに警戒されると凹む。
 さんざんからかってきたからやっぱりこれも自業自得なのだろうけど。でもエリーゼ姫、仲良くしてくれるって言ったじゃん。
 うなだれた頭の上にため息が届いた。
「しょうがないですね」
 顔を上げればエリーゼはそっぽを向いたまま、ティポを抱く腕に力を込めて一言。

「……ぎゅってしてください」

 若干棒読み。
 恥ずかしいのか不満なのか、少し唇が尖っている。
「ほう、これが昨今流行りのツンデレというものですかな?」
「いや違うってかじーさんいつからそこにいた」
「たった今ですよ。おはようございます、皆さん」
 捉えどころのない声で笑いながらローエンが丁寧に腰を折った。
 エリーゼが挨拶を返す傍ら、腕を組むレイア。
「うーん、男の人ってやっぱりそういうのがいいのかなぁ」
「何をおっしゃいます。レイアさんにはレイアさんの魅力がありますとも」
「あ、ありがと、ローエン」
 頬を染めるレイアの頭で花飾りのついたリボンが体の動きに合わせて左右に揺れた。
「あいかわらず口のうまいじーさんだこと」
『だからさっきから何の話だって聞いてるだろー!?』
「な、仲間外れにしないでください……!」
 呆れ半分にアルヴィンが口笛を吹けば、状況についていけないエリーゼが肩をいからせ、ティポと一緒に眉を吊り上げた。
 さてなんと説明しようか。
 んー、と場つなぎ的な声を漏らしているとジュードとミラが階段を下りてくる。
「おはよう。ごめんね、待たせちゃったかな」
「ジュード、ミラ! おはようございます!」
「ああ、おはよう」
 ぱっと表情を明るくしたエリーゼが2人に駆け寄る。ミラに頭を撫でられて、鈴を転がすような笑い声がこぼれる。外から差しこむ陽光が2人の髪をきらきらと光らせる。
 それはもう、本当に王様に喧嘩を売りに行くとは思えないほどに平和な光景で。
 アルヴィンはそっと目を細めて息を吐き出した。
 窓に切り取られた光はソファには届かない。
「ねえ、ミラには言ってもらわないの?」
 勝手に距離を感じたことに気付いたのか否か。レイアの声がアルヴィンの意識を引き上げる。
「ミラ様に女子力って単語がすでに違和感じゃねぇ?」
「あー、確かにミラはカッコイイって方が似合うか」
 腕を組んでレイアが頷いていたら、エリーゼが「そうです!」と声を張り上げた。
「ジュード、じょしりょくってなんですか? 皆が教えてくれないんです」
「え、女子力?」
 蜂蜜色の瞳が瞬く。なんで僕に聞くのと呟く少年の仕草を見て、アルヴィンとレイアは視線を交わらせた。
 ものは試し。
 レイアに頷かれ、アルヴィンはジュードの名を呼んだ。
「ちょっと、『ぎゅってして』って言ってみてくんない?」
「え、なんで?」
「アルヴィン、またはぐらかすつもりですね!」
 エリーゼの頬が膨らんだ。ジュードの前に立って拳を握る。
 本気で怒っているだろうに少女の仕草はかわいらしく、自然と頬が緩んでしまう。それがまたエリーゼの怒りを買うとわかっていながら止められない。
「違うって。ジュード君が言ってくれたらわかると思うんだけどなー」
「そう、なんですか?」
 たった一言で解けてしまう拳はなんて甘いのだろう。
 緩んだ頬のまま、アルヴィンは視線をエリーゼの上にある蜂蜜色に移した。
「そうそう。だから、な、ジュード君」
「ほら、ジュード早く!」
 便乗してせかすレイアと、じっと見つめてくるエリーゼの瞳も重なれば、ジュードに断る術はなかった。
「なんかよくわからないけど……」
 多分、甘え方を知らないまま大人になってしまった少年は、そんな言葉を口にした事などないのだろう。
 視線がわずかに彷徨う。所在なさげに後ろで腕を組むと、じわりと頬を朱に染めた。

「ぎゅって……して?」

 首を傾けて見つめる瞳が揺れているような気すら、して。

『ジュードく〜ん!』
 たまらずティポが噛みついた。
 肩を跳ねさせたジュードを指さしてアルヴィンが叫ぶ。
「見たかエリーゼ、これだ!!」
「これが、じょしりょく、ですか」
「負けた……!」
「さすがジュードさん、破壊力バツグンですね」
 アルヴィンがソファを蹴り倒す勢いで立ち上がり、エリーゼは頬を紅潮させて頷き、両手を床につけたレイアは体を震わせ、ローエンがしみじみとひげをしごいた。
 ジュードは何やら不満の声を上げているらしいが、頭をすっぽりティポに食われた状態では何を言っているのかわからない。
「ふむ」
 ミラが腕を組んで首を傾げる。
 騒然となっている仲間とティポをはがそうと苦慮するジュードを見渡してから一言。
「『ぎゅっ』とはなんだ」
 すぽん。
 ミラに視線が集まると同時にジュードがティポから解放された。肩で息をするジュードからは回答が得られそうになく、いっそう首を傾げるミラ。
 その左右からエリーゼとレイアがぶつかるように抱きついた。
「こうすること、です!」
「だよ!」
 細い体は、けれどしっかりと2人の体を受け止める。
 隙間を埋めるように頬を寄せればやわらかな髪がむき出しの肩をくすぐって、艶やかな唇が弧を描く。
「なるほど」
 楽しげに揺れる宝石のような瞳がアルヴィンに向けられた。
「つまりアルヴィンは皆を抱きしめたいのだな。いいぞ、私が受け止めてやろう」
 2人にくっつかれて身動きの取れないまま、ミラはわずかに胸を反らした。
 エレンピオスに着いた直後にも似たようなやりとりがなかったか。
「いや別にそういうわけじゃ」
 なんとも言い難い表情になるアルヴィン。手を後頭部に当てて視線をそらせばエリーゼの冷めた声が背中に刺さった。
「アルヴィン、やっぱりセクハラです……」
「ちげーって言ってんだろ!」
「なんだ。羨ましいのではなかったのか?」
 光の中で微笑むミラが、あまりにもあっさりとそんなことを言うものだから。
「え」
 不覚にも動きが止まってしまった。
 ジュードの肩に腕を回したり、エリーゼの頭を撫でたり、旅の中でうるさいくらいにスキンシップをとっていたことはミラだって知っているだろうに。羨ましいかなんて言われるとはつゆとも思わなかった。
 けれど確かに、今となっては以前のように気易く触れることなどできない。
 縮める術のわからない距離が――寂しい。
「おや、図星ですか」
 黙り込んでしまったアルヴィンを見て、ローエンが小さく笑った。体を起こしたレイアが肩をすくめる。
「なーんだ、素直じゃないなあ」
「仕方がない人ですね」
「ほら、アルヴィン」
 ミラが両腕を広げる。
 だからといって素直にそこに飛び込むのもためらわれて、アルヴィンは途方に暮れた目を床に落とした。
 窓が作る光の枠、そのギリギリに立つ白いブーツ。
 顔を上げると、穏やかなくせに眩しくてたまらない琥珀が情けない男の顔を映した。
「いいんだよ、アルヴィン」

 ぎゅって、しても。

 ふわりと笑う。アルヴィンが一歩距離を詰めなければ届かない場所で。光のあたる場所で。
 体が震えた。
 自分が泣きたいのか笑いたいのかすらわからなくなって、アルヴィンはセットしたばかりの髪をかきむしる。
 彷徨わせた視線を再び前へ向ければ、ジュードは変わらずそこに立っていて。
「ああ、くそ……っ」
 一歩踏み出した。
 陽の光が頬に当たる。腕を伸ばす。灼けてしまうんじゃないかと思っていたその場所は、ただあたたかかった。
 大人になってしまった少年の体は相変わらず小さくて、すっぽりと腕の中に収まってしまう。収まってくれる。
 こみ上げる感情をごまかそうと、アルヴィンはことさら飄々と唇の端を持ち上げた。
「そーだよなー、ミラ様に抱きつかせるわけにはいかないもんな、青少年」
「エリーゼとレイアもね。だから僕で我慢しときなよ」
 背中をぽんぽんと叩く掌があたたかい。
 我慢だなんてとんでもない、とは口にしないけれど。
 ぬくもりを手放しがたくて腕に力を込めたら、頭にティポが降ってきた。
『コラー、アルヴィン! 調子に乗るなー!』
「いってぇ!?」
「アルヴィンばっかりずるい、です」
 頬を膨らませたエリーゼが自由になったジュードの腕を取る。
「えー、じゃあ姫がぎゅってしてくれる?」
「するわけないです」
「あらま、つれないお返事」

 意識することなく笑みが浮かんだ。
 嘘でもなく、ごまかすのでもなく、自嘲でもなく。

「よし、アルヴィン。次は私だ、遠慮なく来るといい」
「優等生とお姫様の共鳴術技が飛んできそうだからやめとくわ」
「では代わりにジジイが……」
「じーさんは遊んでるだけだろ!!」

 ――たったそれだけのことが嬉しいんだと言ったら、おたくらは笑うだろうか。

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