XILLIA

僕にできること

『うわぁ〜、いっぱい出てきた〜!』
 ティポがエリーゼの周りをぐるぐる回りながら悲鳴を上げる。道すがら魔物と遭遇するのはもはや慣れた光景だった。
 いち早く剣を抜き、ミラが先陣を切る。
「レイア、行くぞ! アルヴィンはエリーゼのサポートを!」
「任せて!」
「りょーかい」
 荷物を下ろし、魔物の群れとの距離を詰める4人。それ以上の人数が自由に動くには場所が足りない。
 荷物の側に残る形になったジュードは思わず手を伸ばした。
「僕も一応戦えるんだけど……」
 けれど消え入りそうな声では剣を振るう背に届くはずもなく。
 小さくため息をついたジュードに、傍らのローエンが穏やかな笑い声を投げかけた。
「いいではないですか。皆さんのお手並み拝見と参りましょう」
「でも僕、最近荷物番しかしてないよ」
「おや、そうでしたか」
「なんか、役に立ってない気がする」
 普段はその利発さを表すようにつりあがった眦が下がる。
 隣にいるのがローエンだったからかもしれない。
 いつだって少年の悩みなどお見通しで、穏やかに的確なアドバイスをくれる老軍師だったから。普段なら押し込める不安が口を突いた。
 うつむいた視線の先、隣に並んで立つ靴の爪先が向き直るのが見えた。
「ジュードさん。戦いに赴くにあたり、最も気をつけるべきことは何か、わかりますか?」
 頭上から降る声に琥珀の瞳が瞬いた。顔を上げれば歳月を重ねた者だけが持つ深い色をした瞳にぶつかる。
 この問いは、自分の弱音に対するヒントだ。
 そう理解するものの、解決につながる答えが見つからない。わずかな思案ののち、ジュードは自分の頭で導き出せる回答を口に乗せた。
「それは……お互いの戦力じゃないの?」
「いいえ」
 ゆっくりと、それでいてきっぱりとした口調だった。
 無意識にこめかみに当てていた指を下ろし、ジュードはローエンの言葉を待つ。
「戦場においては、食料をはじめとした物資の補給こそ一番重要なのです。いくらその場で戦いに勝ったとしても、食料を失えば部隊は引き返さざるを得ません。いえ、状況によっては引き返すことすらできなくなるのです」

 老いてなお張りのある声がすとんと胸に理解を呼びこんだ。戦いの音が遠のいて、まるで。
(医学校の教室にいるみたいだ)
 場違いな感想が頭の片隅をよぎった。

「後ろで皆の荷を預かるというのは、それだけ重要な仕事なのですよ。皆、あなたを信頼しているからこそ後ろを任せられるのです」
 上質な講義を受けているような――そこまで考えて、目の前の人物は歴史書に名を残す軍師なのだと改めて思い出す。
 知らず、唇の端が持ち上がっていた。
「ローエン……ありがとう」
「いえいえ。おっと、失礼いたします」
 凛とした声に名を呼ばれ、ローエンは腰のサーベルを引き抜いた。どうやら水属性が弱点の魔物が多いので、ローエンの精霊術で一掃しようと言うことらしい。
 1人取り残されたジュードの胸がチクリと痛む。
(……だめだなぁ)
 わかっている。今の局面で自分を呼ぶ必要はない。荷を守る者も必要だということはたった今ローエンが教えてくれたではないか。
 年齢を感じさせない足取りで魔物の群れへと向かう背中を見送っていたら、レイアが入れ替わりに飛びずさってきた。
 背中を向けたまま近づいた幼馴染の右腕がだらりとさがっている。よく見れば生成りの袖はじわりと赤くにじんでいた。
「レイ……」
「ファーストエイド!」
 治療するからこっちへ、と開きかけた口は短い詠唱によってふさがれた。胸の高さまで持ち上げた右手がゆるゆると落ちる。
 うつむきかけた視線が、振り返ったレイアの瞳にぶつかった。反射的に浮かべた笑みは幼馴染相手にはうまくいかなかったようで、瞬く翡翠は心配に彩られる。
「ジュード? どっか痛いの?」
「怪我したのはレイアのほうでしょ。大丈夫?」
「ぜんっぜん平気! もう、そうやってすぐ心配するんだから」
 曖昧な笑みの理由を、彼女は自分の怪我のせいだと結論付けたらしい。棍を両手で振りまわし、動きに支障がないことを見せつける。
 それだけが理由ではないのだけれど、ひどく身勝手な気がする感情を吐露する気にはなれず、少年は気付かれないようにそっと息を吐きだした。

 その日は何度か戦闘があったが、結局ミラの口からジュードの名が呼ばれることはなかった。

* * *

 夜。
 無事に街まで辿りついた一行は男女に分かれて数日ぶりの屋根の下で体を休めていた。
 窓際で本を開いていたジュードも同室の2人が横になると言うのにあわせてしおりを挟む。今日はいつもに比べてページが進まなかった。
(ミラは、なんで僕を戦闘に参加させないのかな)
 シーツと毛布の間に体を滑り込ませる。文字を追うのをやめてしまうと、しまいこんでいた疑問が胸の内で渦巻いた。
 瞼の裏に今日の光景がよみがえる。
 自分を置いて走り出す背中。
 治癒力の高い精霊術を使える少女たち。戦いなれた傭兵。戦場を見渡す目を持つ老軍師。
「……ッ」
 体が震えた。
 ジュードには、ミラのような使命はない。仲間のように秀でた力もない。医学の知識があったところで、戦場でとっさの傷をふさぐのは精霊術だ。
 役に立てているだろうか。
 ミラはいつだって感謝はしてくれるけど、何かを要求することはない。
 大抵の人間は、一度世話を焼けば次からはその親切を期待するものだ。そうやって他者との関係を得ていたジュードにとって、ミラの態度は憧れと同時に不安を連れてくる。
 だからせめて、手助けできているという実感が欲しいのに。
(……眠れない)
 窓から差し込む月明かりが眩しくて、ジュードはシーツから上体を浮かせた。
 大きく息を吐き出す。
 と、ガラス越しに月光よりも眩しい黄金を見えた。シルフが結ったという特徴的な髪が舞っている。耳を澄ませば鋭く風を切る音。
 こんな時間に何を、と思った時にはもう上着を羽織って部屋を出ていた。
 夜の静寂においては、わずかな蝶番の音すらよく響いたのだろう。外に続く扉を開けたジュードの目に映ったのは剣を収めるミラの後ろ姿だった。
「どうしたジュード。眠れないのか」
「そんなところ。ミラこそ休まないの?」
 振り向いた瞳はどんな宝石よりも強く輝いていて、ジュードは目を細めた。小さく頷いてゆっくりと近づく。
 そこに立つことを許されるのか、確かめるように一歩ずつ。
「うむ。新調した剣の重さに慣れておこうと思ってな。少し訓練をしていた」
「だからってこんな時間までやってたら明日に障るよ」
 痛みや疲労では彼女の意志は決して折れない。それは時として人間の肉体にはあまる強さだ。ミラ自身がそれを無茶と感じていないから、体の悲鳴を無視してしまう。
 イル・ファンに辿りつく前に倒れてしまったら元も子もないのに。
 琥珀の瞳がミラの大腿に装着された医療ジンテクスを捉える。
「あの、さ……最近、ミラ戦闘出ずっぱりじゃない。足は大丈夫なの?」
「ああ。支障なく動くぞ。これもジュードのおかげだ」
 君がいてくれて助かった。
 そう告げる言葉は望んだものではあったけど、今はまるで嬉しくなかった。
「でも痛いんでしょ? だったら、その……僕だって戦えるんだから、たまにはミラも休んで……」

「ジュードは戦いたくないのだろう?」

「!」
 それは、魔物や襲いかかってきた兵士を倒すたびに口に乗せていた言葉。
 戦闘中は必死だから割り切れる。やらなければやられる。自分だけではなく仲間の命もかかっている。拳を振るったことに後悔はない。
 それでも。
 戦いが終わった瞬間、心のどこかが冷えるのだ。
 誰かを救いたいこの手で、誰かを傷つけるなんて。
 そうして、気付けば言い訳のように呟いていた。

 ――戦いは好きじゃないけど、やらなきゃやられちゃうんだ。

「だから、なの……?」
 呆然と瞬けば、揺らぐことのない瞳に見つめ返された。
「このあたりの魔物相手ならばジュードに頼らずとも戦える。ならばわざわざ君に戦わせる必要はないだろう」
 息が詰まる。
 それは彼女なりの気遣いなのだろう。
 だからこそ、「必要ない」という言葉が胸に刺さった。
 ミラを手伝いたいという理由でジュードはここにいる。使命なんて高尚なものではないけれど、自分にできることをしたいと思ったのは本当だ。それなのに。
「確かに、戦いは好きじゃないけど」
 ジュードは拳を強く握った。
「それでも僕は、ミラについていくって、ミラを手伝うって決めたんだ」
 必要とされないのは辛い。
 役に立たなければどうしていいかわからない。
 何より。
 ひとりで無茶をするミラを見ているのは嫌だった。
(ああ、僕にできること、ひとつ見つけた)
 ふと唇がほころんだ。
「ミラ、そこ座って」
「ん、なんだ?」
 やはり疲労もあったのだろう、首を傾げながらベンチに腰を下ろしたミラから、ジュードは医療ジンテクスを取り上げた。
「ジュード?」
「今日はもう、おしまい」
 ミラの手が届かないように一歩下がって笑う。ポケットにしまいこまれるジンテクスを視線で追ったミラは、疑問だらけの表情でジュードを見上げる。
「だが、それがないと部屋にも戻れない」
「僕が背負って行く」
「いや、そんなことをする必要は……」
「ミラの体は人間と同じなんでしょ? だったら、医者の言うことは聞く。適度な休息と睡眠を取らないと動けなくなるよ」
 正確には研修医だし、もうその資格もないかもしれないけど。
 論理的に言えばミラが引きさがるのは知っている。そして論理的説明は得意なほうだ。必要な知識もある。
 だからまずは、気付けば無茶をする彼女の健康管理から始めてみようか。小さな笑みを浮かべ、ジュードはミラを背負えるように身をかがめた。
 ロンググローブに包まれた両腕が肩に触れた。
「まったく……君には参ったよ」
 やわらかな声音が耳をくすぐる。
「僕も戦うから」
「ああ、頼りにしている」
「明日はミラが荷物番ね」
「私抜きで戦うつもりか!?」
「皆の荷物を預かるのは一番重要な仕事だって、ローエンが言ってたよ」
「むぅ、だがしかし……」
 頬を膨らませる様は子供のようで。
 くすぐったい思いを胸に、ジュードはミラを背負って宿の中へと歩き出した。
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