XILLIA

いい子

「アルヴィン、どこ行くの?」
「ちょっと知り合いんトコ」
 小さな靴音に振り返れば、ドアの前で茶色いコートが背中を見せていた。
 ひらりと振られた手がそれ以上の追及を拒んでいるから、僕はただ「そう」と頷く。
 この街に着いてすぐどこかへ行ったのも、その人のところだったのだろうか。
 ワイバーンのところへ姿を現した時に急いで駆けつけたと言っていたから、用事が終わっていなかったのかもしれない。
 そもそもローエンだって新しい茶葉を買ってくると出かけたのだから、アルヴィンが出かけるのをとがめる理由はない。
 ただ、黙って出かけるのはどうかと思うだけだ。
「明日は闘技大会なんだから、あまり遅くならないでよ」
「へいへい。晩飯までには戻るって」
 肩をすくめたアルヴィンの視線がこっちを向く。
 呆れたような表情はすぐにニヤついた笑みに変わった。
 この顔は知ってる。
 身構えたところで止まるはずもなく、アルヴィンは僕をからかうために口を開く。
 ああ、もう。ため息で応じようとして。

「いい子で待ってろよ、ジュード君」

 どうしてか、一瞬、息が詰まった。
 ぐるりと胸の中で渦巻いたものが何だったのかは考えたくなくて、ゆっくりと息を吐く。
「……もう、そうやって子供扱いする」
 顔を上げる。大丈夫、いつもどおりの声。
 少し間が空いてしまったせいだろうか、見上げた先で鳶色の瞳が瞬いた。
 それも、結局は一瞬のことで。
「そりゃあ俺から見たらジュード君はまだコドモですから?」
 笑いながらもう一度肩をすくめて、扉の向こうへと消えていった。
 意外と静かな音を立てて閉じた扉を睨んだところで返事があるわけもない。
「もう……」
 コンコンコン。
 視線を外したばかりのドアから軽やかな音がした。誰だろう。
 ドアを開けたらエリーゼが立っていた。
「ジュード、あの……」
『一緒にお買い物に行こうよ!』
 ティポが体を左右に揺らす。
 ミラとレイアも一緒です、と言い添えられて、カラハ・シャールで引きずられていくミラの姿を思い出す。今回もレイアとエリーゼの2人がかりで連れ出すことにしたのだろうか。
 女の子って本当に買い物が好きだなぁ。
 緩んだ口元に拳を当てる。
「僕はいいから女の子同士で行ってきたら?」
「明日に向けて、これから屋台がたくさん出るって……宿の人が教えてくれました。古本屋さんも来てるって、だから」
 なるほど、ミラはそれに惹かれたのか。
 確かにどんな本があるのか興味はある。古本屋って図書館にない文献がひょっこり出てきたりすることもあるんだよね。
『行こうよ、ジュード君〜』
 そんな心を見透かすようにティポが顔を近づけてきた。
 声を弾ませるティポと控えめに笑うエリーゼを見て。
「僕は留守番してるから」
 笑顔のまま告げれば、若草色の瞳が瞬いた。
 ティポの耳がぴんと尖る。
『付き合い悪いぞー!』
「ごめんね」
 せっかく誘ってくれたのに悪いな。
 でもミラとレイアが一緒なら……トラブルを起こしそうなのは少し心配だけど、危険な事にはならないだろう。
「2人ともまだ〜? ミラのお腹がすごい鳴ってるよ!」
「ほら、呼んでるよ。いってらしゃい」
 様子を見に来たレイアにエリーゼを任せ、僕は部屋の扉を閉めた。
 誰もいない部屋を見渡す。
 荷物の整理は終わったし、いつかのように料理人が来ていないなんてこともないから食事の支度を考える必要もない。
 昨日読み終えた医学書に新しい記述があったから覚書を見直しておこうかな。論文を完成させるにはデータも取り直さないといけないけど、さすがにここでは無理だ。
 ……そもそも書き上げたとして、受け取ってくれる教授はもういない。
 学校も除籍されてるだろうし。
 未練がましい。でも。
(時間のあるときはやっぱり勉強しているのが落ち着く)
 部屋に備え付けの小さなテーブルに本とレポート用紙を広げたところで、手が止まった。
 違和感。

(時間のあるとき)

 そう、これは今やらなければいけないことじゃない。
 なのに、なんでだろう。
 なんで僕は、あれほど誘ってくれたエリーゼの言葉を断ったのだろう。
 旅の途中の宿で来客があるわけもないし、部屋の鍵はフロントに預けておけばいいだけだ。
 断る理由なんて落ちついて考えれば何もないのに、僕はためらいなく首を横に振った。
 どうして。
(あ、やだな……)
 視界が暗くなる。胸がざわついた。
 やめよう。これ以上考えたって意味がない。ダメだ。
 波立つ胸に蓋をしようとして――――間に合わなかった。

「だって、いい子で待ってろって言われたから」

 唇から零れ落ちた言葉が、一瞬自分のものだとはわからなかった。
 掌で覆ったところで音は返らない。
 なんだ、それ。
 アルヴィンのあれは、どうせ僕をからかっただけだ。待ってなきゃいけない理由なんて。

 ――留守をお願いね。いい子にしてるのよ。
 ――うん。きゅうかんのひとがきたら、よびにいけばいい?

 休診日でもいつ急患が運ばれてくるかわからないから、両親がどうしても出かけなければならないときは僕が留守番をしていた。
 頼まれた瞬間は、2人を手伝えることが誇らしくて。
 だけど乾いた音を立てて閉まる扉を見送れば、誰もいない治療院は耳鳴りがするほど静かで。
 ただ、いい子にしていなければと。
 そうしたら帰ってきた父さんと母さんが、褒めてくれるんじゃないかって。
「そんなの、小さい頃の話だ」
 口に出して、浮かんでしまった光景を頭から追いやる。
 いつの間にかしわの寄ったレポート用紙を丸めてゴミ箱に押し込んだ。
 いっそ今からでも出かけてしまおうか。
 考えたけど腰は椅子からあがらない。
「…………」
 勉強しよう。深く息を吐き出して、ペンを取る。
 やっぱり、考えても意味がなかった。


 どうせ、いい子にしている以外の過ごし方なんて、知らない。


* * *


 突然、肩が重たくなった。本に影が落ちる。
「優等生はまーたお勉強か」
 顔を上げれば、部屋を出たはずのアルヴィンがそこにいた。
 いつの間に帰ってきたんだろう。
 瞬きしている間にアルヴィンの手が僕の肩から離れる。
「おかえり。早かったね」
 本を閉じて向き直るとアルヴィンはわざとらしく息を吐いた。
 あれ、もしかして結構時間経ってる?
 窓の外を見れば茜色に流れる雲が見えた。シャン・ドゥは昼夜に影響のある霊勢じゃない。正真正銘の夕方だ。
 どおりで、少し文字が見えづらくなっていたはずだ。
 発光草に手をかざしてマナを送る。やわらかな光が室内から影を減らした。
「晩飯までに帰ってくるって言ったろ。とはいえ、他の連中は宿では食わなそうだったけど」
「え?」
「外で会ったんだよ。ミラ様とエリーゼ姫が屋台物はじめてだってんで止まらなくてな。レイアもどれが美味いとか勧めるばっかで止めねぇし」
 容易に光景が想像できた。
 レイア、お祭り好きだしなあ。ミラも食事となると目がないし。
「……って、そんな状態の3人を置いてきたの!?」
 思わず立ち上がる。
 パーティ資金は僕が預かっているし、各自の所持金の使い道は自由とはいえ……不安だ。1日で財布を空にするとかミラならやりかねない。
 いや、お金の事も心配だけど、そんな調子では暗くなる前に帰ってこないかもしれない。お祭り騒ぎの夜に女の子だけで歩くのはさすがに危ない。
 探しに行こうとした僕をのんびりした声が止めた。
「平気だろ、ローエンが合流してたし」
「ならいいけど」
 なんだ。
 よかった。ローエンが一緒なら、遅くならないうちに帰ってくるだろう。
 そうだよね、アルヴィンはぶっきらぼうなようで、仲間への気配りはぬかりない。
 座り直して思い当たる。
「……もしかして、僕に伝えるために戻ってきてくれたの?」
「お姫様方から逃げてきただけだよ。ほい」
「? 何?」
 脈絡もなく鼻先に何かを突き出された。
 甘い匂い。艶やかな赤。細い棒に刺さったそれはリンゴだった。
 ぐいと差し出されるから、背を反らしながらも受け取る。
「りんご飴」
「それは見ればわかるけど」
「いい子でお留守番してたジュード君にご褒美」
 ニヤリとした笑みはどこまで見透かしているんだろう。
 あんな出がけの、アルヴィンにとっては大した意味はなかっただろう一言を、まさか覚えているとは。
 ましてや、冗談か気まぐれか知らないが『ご褒美』まで。
「……あ、りが、と」
 どうしよう。
 こんな子供だましのお菓子がどうしようもなく嬉しい。
 いい子で待つしかできない自分から変わりたいのに。
 早く大人になりたいのに。
 これじゃ本当に小さな子供みたいだ。
 じっとりんご飴を見つめていたら、ベッドに腰かけたアルヴィンが首を傾げた。
「どした」
 問われても、今の気持ちはとても言い表せなくて、りんご飴を食べあぐねているもうひとつの理由を口にした。
「その、どうやって食べたらいいのかなって」
「は? なめるでもかじるでも好きにしろよ。つーか食ったことないわけ?」
「う、うん。屋台で買い食いってあんまりしたことなくて」
 すごいため息をつかれた。
 食べたことないのは事実だけど、そんなに呆れた声を出さなくたっていいじゃないか。
 とりあえず、かじってもいいものらしい。飴の層ってそんなに厚くないんだ。
「優等生ってばホント真面目というか……」
「別にお祭に行かなかったわけじゃないんだよ?」
「いーから食っちまえ。飯行こうぜ」
 そっか、アルヴィンは食べてこなかったんだ。
「うん」
 思い切って歯を立てたら、砕けた飴とリンゴが口の中に転がり落ちた。
 広がる味がひどく甘くて、甘くて――なんだか胸が詰まった。
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