XILLIA

いつか一緒に笑おうね

「どっちが早く着くか勝負だよ!」
「レイア、待って。危ないってば!」
 お母さんにおつかいを頼まれて海停へ。早く終わらせたくて走り出せば、何か叫びながらもジュードが後から駆けてくる。
 海停までは下り坂。風が気持ちよくて、どんどんスピードがあがっていく。
 潮の匂いが強くなって――
「とうちゃー……ッ!?」
「うわっ」
 思いっきり誰かにぶつかった。
 尻もちをついたままびっくりしてたら、後ろからジュードの声がした。
「もう、レイア何やってるの。ごめんなさい、怪我はありませんか?」
「平気だよ、ありがとう。お嬢さんこそ大丈夫かい?」
「うん」
 立ち上がって頭を下げた。
 無事を確認したおじさんが町の方へ移動するのを見送った後、ジュードが眉をつりあげて振り向いた。
「だから言ったじゃない。危ないよって」
 確かにそうかもしれないけど、偉そうに言われるとなんかムカつく。
「ジュードだって走ったでしょ!」
「レイアが止まらないからじゃないか」
「何よー!」

 笑って泣いて、喧嘩しては仲直り。
 好きだとか嫌いだとかそんなこと考えるまでもなく一緒にいるのが当たり前だったから、ずっとそうやって2人で大きくなるんだと思ってた。

 ――黒匣を暴発させた、あの日までは。

* * *

「暇だなぁ」
 入院して何日目だったか。
 怪我はほとんど治っていたけど、ガッペイショーがどうとかでまだ寝てないとダメだって大先生に恐い顔で言われちゃったし、実際熱のせいでだるくてとても出歩く気分にはなれなかった。
 1日中ベッドの中でごろごろするのってやってみたかったけど、すぐ飽きた。何日もやりたいものじゃない。
 入れ替わりで付き添っててくれたお父さんとお母さんも、ずっと宿を人に任せるわけにいかないからって今日は早い時間に帰っちゃって、部屋にはわたしひとりだけ。
 ベッドの脇には「こんなときでもないと大人しくしてないんだから勉強しなさい」ってお母さんが置いていった教科書があるけど、とてもそんな気分じゃない。まあ、いつだってそんな気分にはならないけど。
「暇だなぁ」
 何度目かわからない台詞を呟いたところで、ノックが聞こえた。続けて開いた扉からふんわり漂ういい匂い。
「レイア、入るぞ。食事の時間だ」
「ねー大先生、わたしのビョーキいつ治るの?」
「一朝一夕にはいかん。今はしっかり食事をとって体力をつけることを考えなさい」
「はぁーい」
 部屋を出て行く背中にため息をつく。
 よくわからないけど、明日もまだベッドの上ってことなのかな。やだな。大先生のご飯はおいしいけど…………あれ?
 スプーンを口に入れたまま、手が止まった。
 なんだか、昨日よりおいしくない。
 別に、嫌いなもの入ってるわけじゃないのに。あれれ?
「レイア、入っていい?」
「ジュード? うん、いいよ」
 そっとドアを開けたジュードがトレイを持ってやってきた。
「どしたの? ご飯ならさっき大先生が持ってきてくれたよ?」
「今日はひとりだって聞いたから。一緒に食べてもいい?」
「うん! ねーねー、ジュードなんか面白い話してよ」
「いきなり面白い話って言われても……」
 首を傾げるジュードに笑いながらスープを一口すすったら、同じ味のはずなのに今度はとってもおいしかった。

 それから、お父さんもお母さんもいないときにはジュードが部屋にいるようになった。
「てゆーかなんでもっと早くお見舞いにこないかな」
「父さんに面会謝絶だって言われてたんだよ」
 仕方ないからそれ以上はツイキューしないであげた。
 代わりに甘いもの食べたいなーって呟いたら、次の日に「父さんには内緒だよ」って言いながら持ってきたクッキーがびっくりするくらい美味しくて、どこで買ったのか聞いたらなんとジュードが自分で焼いたらしい。
 クッキーなんてわたしだって焼いたことないのに。
「まだあまり重たいもの食べちゃダメなんだから、売ってるクッキーだとバターも砂糖も多すぎるなって」
「だからって普通作るかな」
「結構簡単だよ?」
「じゃあまた作ってよ」
「仕方ないなあ」
 笑いながらジュードと話をするのが楽しかった。
 大先生とエリンおばさんは様子を見に来てはくれるけどいつも忙しそうだったし、そろそろリハビリを始めようって何か痛いらしい話をしてくるし。
 痛いのやだって言ったらお母さんは甘えるなって怒るし、お父さんは早く元気になってくれってうるさいし。
 ジュードだけが笑って話をしてくれるから、いつの間にかジュードと過ごす時間が増えていった。
 そうして何日も過ぎて、2人で夕飯を食べていたとき。
 ふと今更ながら気になって、わたしは手を止めた。
「ジュードは大先生やおばさんと一緒にご飯食べなくていいの?」
「ふたりとも忙しいから」
 笑顔で告げられた答えに、そうなんだと頷いて。
 ちぎって口に入れたパンが喉を通り過ぎた頃になってから、その意味に気がついた。
 ジュードはいつもひとりでご飯を食べてたんだ。そういえば小さい頃はジュードだけうちにご飯食べにくることも多かった気がする。
「だったらお父さんやお母さんが来てる時でも来ればいいのに。一緒に食べたほうがおいしいよ」
「仕事で忙しい合間にレイアに会いに来てくれてるんだから邪魔したくないよ」
 そう言って笑う。
 笑ってるのに、もやもやする。
「ジュードってそうやって人の事ばっかり」
「そうかな」
「そうだよ」
「でも僕がそうしたいだけだから」
 そうして、やっぱり笑う。
 ジュードはいつもにこにこしている。
 学校で先生に手伝いを頼まれた時も、参観日に誰も来ないって言った時も、クラスメイトに掃除を押し付けられた時も、にこにこ、にこにこ。
 ジュードの泣いた顔も怒った顔も、もしかしたら皆は見たことないのかな。
 じーっと見てたら、ジュードはやっぱり笑顔のままで首を傾げた。
「どうしたの、レイア」
「なんでジュードはいっつも笑ってるの?」
「なんでって普通にしてるだけだよ?」
 蜂蜜色の目がきょとんと瞬いた。
 ジュードの普通って、変。
「普通は、笑うのは嬉しい時だよ」
「だから怒る時は怒ってるし、嫌な時には笑ってないよ」
 今度はわたしが首を傾げる。
「先生に手伝い頼まれるのも?」
「役に立てるのはいいことでしょう?」
「参観日に誰も来ないのも?」
「父さんも母さんも仕事で忙しいから仕方ないよ」
「前に学校で怪我したときも笑ってた」
「大した怪我じゃなかったから」
「……ふーん」
 でもそれって嬉しい時じゃないよね。
 言おうとして、だけど口にしたらジュードを困らせるような気がして、わたしはいつの間にか小さくなっていたパンを口に放り込んだ。
 嬉しい時以外に笑うのって、どんな時だろう。

「相手に笑っていてほしい時じゃないかな」
 剥き終えた林檎を差し出しながらお父さんが言った。
「笑ってほしいから、笑う……?」
「レイアが悲しい顔をしてると、お父さんも悲しい気持ちになるよ。逆にレイアが笑っていたらお父さんも嬉しい。レイアだってそうだろう?」
 そう言えば、入院してからはジュードの前でしか笑ってないかもしれない。
 ジュードが笑ってそばにいてくれるから。
「だからジュードはにこにこしてるのかな」
「頭のいい子だから、笑顔が元気になるための一番の薬だって知ってるのかもしれないな。……そう言えばお父さんは泣いてばかりだったね、ごめんよレイア」
 目の端に涙をためてお父さんが笑った。大きな手がわたしの頭を撫でる。
「しょうがないよ、お父さんは泣き虫だもん」
 思わず笑い声を上げたら、お父さんに抱きしめられた。
 笑ったと思ったらすぐ泣くんだから。本当にしょうがないなあ。
「ほら、お父さん、笑うんでしょ?」
 抱きしめてくる腕を叩いて、やっと離れたお父さんに笑いかける。涙でぐしゃぐしゃのまま笑うお父さんを見て、またわたしは声を上げて笑った。
 そっか。だからジュードは笑うんだ。
 皆のために笑うんだ。わたしのために笑ってたんだ。
 すごいな。
 ジュードはすごい。
 気付いてないうちに、いっぱい元気をもらってた。
「負けられないなぁ」
 胸のあたりがむずむずする。ほっぺたが熱くて、今すぐジュードのところに走り出したい気持ちが止まらない。
 このままじゃやだ。もらうばっかりなんて悔しい。
「お父さん、わたし、リハビリやる!!」
 わたしだって、ジュードを笑わせてやるんだから!

* * *

 痛かったり、うまくいかなくて嫌になったりしたこともたくさんあったけど、ずっとジュードが隣にいてくれたから頑張れた。たくさんたくさん頑張って、大先生からもう通院しなくて大丈夫って言われたのに――ジュードが以前にもまして口うるさくなった。
 そりゃ確かに長時間の激しい運動は禁止って言われたけど、もう全然平気なのに。お母さんの厳しいシュギョーをくぐり抜けて、木登りもかけっこも前よりうまくなった。
 元気になったこと、ジュードだって喜んでくれたはずなのに、なんでこんなにうるさいかなぁ。
「あーもーうるさーい! 大丈夫だって言ってるでしょ!」
「レイア、ダメだったら!」
「勝負だよ、ジュード!」
 それ以上聞きたくなくて駆け出した。
 走る。走る。走れる。
 見てよ。わたし、もうちゃんと走れるんだよ。
 ジュードが応援してくれたから、また走れるようになったんだよ。だから……!
「はぁ、はぁ……とう、ちゃ……ッ」
 息が苦しい。空気が全然足りなくて、深呼吸しようとしたらせき込んだ。
「げほっ、はぁ、は……っ、ふ」
「レイアッ」
 近づいてくる足音。
 膝に手をついて何度も息をしながらジュードが追いつくのを待つ。ああ、またお説教されちゃうのかな。
『だから言ったじゃない』
「レイア、苦しいの? 無理しないで」
 ――あれ?
 聞こえた言葉が予想と違って顔を上げた。
 いかにも怒っていると言いたげな眉をつりあげた表情はそこにはなくて、わたしよりもジュードの方がよっぽど痛そうな顔をしていた。
 違うの。そんな顔してほしかったんじゃないの。
「ふ……っ、うぇ……」
「レイア!? 痛いの?」
 日陰に行こうとか、水を飲むかとか、続く言葉は全部頭の中を通り過ぎた。
 気付いちゃった。
 今のわたしじゃダメなんだ。ジュードを元気にしてあげられないんだ。笑わせてあげられないんだ。
 ジュードがわたしにしてくれたみたいに、わたしもジュードのこと笑顔にしてあげたいのに。
 ひりひりする喉よりも何よりも、そのことが痛くて涙が止まらない。
「ジュード、ごめん。ごめんね」
「どうしたの、レイア。辛いなら父さんに診てもらおう?」
「違うよ、ジュードのバカッ」
「もう、謝ったり怒ったり、なんなんだよ……」
 ホッとしたのかムッとしたのかよくわからない口調でジュードがハンカチを差し出すから、ひったくって思いっきりはなをかんでやった。
 ジュードのわからずや。鈍感。お節介。お人よし。好き。大好き。
 文句を言いながら、結局はそばにいてくれるね。いつもいつも、誰かのために足を止めるね。
 でもね、わたしは待ってもらうんじゃなくて、ジュードの隣を歩きたい。

 ねえ、ジュード。わたしのせいで悲しい顔をしないで。
 ジュードには普通に笑っていてほしいの。
 だからわたし、頑張る。ジュードの前で泣くのは、これで最後。
 ジュードに心配されないわたしになれるように頑張るから。

 大好きだよ、ジュード。
 それまで、この気持ちは内緒にしておくね。
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