XILLIA

聞いてほしい声がある

 変節風が吹くにはまだ少し早い、火霊終節サンドラの半ば。
 10日ぶりに訪れるカラハ・シャールは相変わらずの活気に包まれていた。ジュードは額に浮かんだ汗をぬぐい、人ごみの中を1人で歩く。
 ル・ロンドでは取り寄せるのに何日もかかるだろう、リハビリ中のミラのための薬の材料。レイアに要求されたお土産。気になっていた新刊書。立ち並ぶ露店で買い物を済ませると、ジュードは中央広場を抜けて領主邸の門をくぐった。
 シャール邸の敷地内は市場の喧騒が嘘のように静かだ。美しく刈り込まれた低木は陽光を受けてきらめき、乾いた風がさわさわと梢を揺らす。
 白い階段を上り、重厚な扉を押し開く。吹き抜けのエントランスに軽やかな足音がこだました。
 首を巡らせると同時。
『ジュードくぅ〜ん!』
 がぶり。
 視界が暗転した。取り落としそうになった荷物を抱え直したはいいものの、身動きが取れない。なんとかあけた片手では弾力のある感触を引きはがすことなどとうてい無理で。
「てぃほ、はみふはふぁいふぇよ」
「ジュード、帰ってきたんですね!」
 すぽん、と音がして視界が開ける。頭一つ分低い位置から聞こえる声に視線を向ければ、ティポを腕に抱き寄せるエリーゼが白い頬を紅潮させて立っていた。
 きらめく瞳の期待に応えられないことが胸をきしませて、ジュードは眉尻を下げる。
「ごめん、またすぐ戻らないといけないんだ」
 とたんに曇る瞳。エリーゼの表情が前髪に隠れた。
 左右に揺れる体に合わせてリボンのついたスカートが広がってはしぼむ。
「そう、なんですか」
『なぁんだ、がっかり〜。ジュード君、期待させないでよ』
「ごめんね」
『ドロッセル君もローエン君も全然遊んでくれないしさ〜』
 ティポが盛大にため息をついた。丸い瞳はどういう仕組か半月の形になり、遠慮のない口調はありありと不満を訴える。
 仲良しだから寂しくないよね、と言い聞かせて別れたけれど。
 ――大人は仕事が大切だから仕方ない。
 ジュードは眉尻を下げたまま、申し訳なさそうな笑みを浮かべた。
「クレインさんが亡くなったばかりだから大変なんだよ。ドロッセルさんは仕事中?」
「ローエンと一緒に、カラハ・シャールのボウエイとチアンイジについて、お話中、です。ドロッセルに用事だったんですか?」
「うん。カラハ・シャールを出るときにせっかく用意してくれた馬をなくしちゃったから、謝っておきたかったんだけど」
 伝言を頼んでおこうか。後日改めて謝罪する必要はあるだろうけど。
 こめかみに指を当てたジュードを見て、顔を輝かせるエリーゼ。ティポが踊るように体を揺らしながら2人の周囲をぐるぐる回る。
『じゃあドロッセル君達の話が終わるまで遊んでよ〜』
「ローエンが用意してくれたクッキーがあるんです」
 下ろした右手をエリーゼが両手で包みこんだ。窓際に置かれた白いテーブルでは、メイドが心得た様子でティーセットを用意しはじめている。
 手を引くエリーゼと背中を押すティポ。
 思わず笑声がもれる。ジュードは時間を確認すると、やわらかく頷いた。
「うん。ドロッセルさんの仕事が終わるまでいられるかはわからないけど、お話ししようか」
「はい!」


「ミラ、元気ですか?」
「うん。今はリハビリ中」
『リハビリって何ー?』
「普通に歩くための練習だよ。足を動かすところからはじめて、少しずつ慣らすんだ」
「本当に治ったんですね。よかった。ジュードのお父さん、すごいです」

「それで穴にはまってたボアがすっぽ抜けた勢いで馬にぶつかっちゃってね……」
『ヘンなのー!』
「ボアは何をしていたんでしょうか?」
「うーん。獲物を追いかけたらはまっちゃった、とか?」

「エリーゼは何をしてたの?」
「精霊術の勉強、です。ローエンが教えてくれるんですよ」
指揮者コンダクター直々の講義なんて、ちょっと羨ましいかも。どんなことを習ったの?」
「霊勢や大節によって、術の威力が変わるんですよ。今は火場イフリタだから、火の精霊術が強く働くんです」
「うん、よく勉強してるね」
『エリーの術はいつだってゼッコーチョーだけどね!』


 話に花を咲かせることしばし。紅茶を何杯おかわりしただろうか。鳴り響いた鐘の数に、ジュードはカップをソーサーに置いた。
「エリーゼ、僕そろそろ行くね」
「え、でも……」
『まだいいでしょー? ドロッセル君とローエン君にも会ってないんだからさー』
 俯いたエリーゼの代わりに、テーブルの上に座っていたティポが体を伸ばした。
 その言葉通り、屋敷の主はいまだ部屋にこもったままだ。階段に視線を向けたところで折よく誰かが下りてくるでもない。
 ジュードはなるべく丁寧な声を出してエリーゼに視線を合わせる。
「ごめんね。今日は買い出しのついでだから、あまり遅くなるわけにもいかないんだ」
「…………」
 テーブルの下で、スカートを握りしめたのだろう。小さな肩に力がこもるのが見えた。
 同時にティポの瞳がつりあがる。
『ジュード君は友達なのに、なんでボク達をのけ者にするんだよー!』
 今日一番の大きな声でティポが顔を近づける。
 俯いたエリーゼは対照的に口を閉ざして。
「のけ者になんてしてないよ」
 見えない矢が心臓に刺さった。
 なぜかはわからない。叫びだしたいような衝動が傷口から溢れそうになったのは一瞬。
 ジュードはゆるやかに首を左右に振ってから、目を細めた。
「友達だから、危ない目にあわせたくないんだ」
「…………わかり、ました」
 間違ったことはしていない、はずなのに。
 掠れた声音に胸がざわつくのを感じながら、ジュードは「またね」と席を立った。


* * *


 そうして、エリーゼが安心して暮らせるようになったと思ったのに。
 なんで今、向かい合って立っているんだろう。
 ジュードは俯く少女の頭を見下ろした。くすんだ金髪は窓から差し込む光で茜色に揺れている。すでに夕食も終えた時間だと言うのに暗くならないラコルムの空は、イル・ファンの夜域とはまた違った意味で時間の感覚を狂わせる。
「エリーゼ」
 びくりと、小さな肩が震えた。
 両腕に抱きしめられたティポが意を決した様子で睨みつける。
『なんて言おうが、ボク達は帰らないぞー!』
「私は、ジュードやミラと一緒に行きたいんです」
 つられて顔をあげたエリーゼが唇を開いた。なし崩しとはいえミラが許したからだろうか、その瞳はル・ロンドで見たよりも強い光でジュードを射抜く。
 眩しくて、目を細めた。
「僕だって一緒にいられたら嬉しいよ。それでも……」

 ――話にならん。
 ――医療ジンテクスはお前が考えているほど生易しい施術ではない。

 不意に父の声が脳裏によぎって喉がつかえた。
 どうして。
 言葉を続けようと、エリーゼに視線を戻す。わななくばかりの唇の代わりに、若草色の瞳はジュードを見つめたまま動かない。揺らいだ光は、うっすらと張られた水の膜のせいだろうか。
 エリーゼの手を離れたティポが視界に割って入る。
『いいから話を聞けー!』
「ジュードは、友達だからって、言ってくれました。だったら私も、友達だからジュードやミラを守りたい、です!」
 たどたどしくもはっきりと告げられた言葉に、蜂蜜色の瞳が見開かれた。
 ハ・ミルから連れ出したのは、酷い目にあうエリーゼを放っておけなかったから。確かにミラに言われた通り、同行させれば危険が伴う。本末転倒かもしれない。それでも粗末な小屋でうずくまっていた姿を思えば、置いていく選択肢もなかった。
 だから連れ出した責任を取らなければと、エリーゼが安心して暮らせるようにと、そればかり考えて――。
(……あ)
 エリーゼ本人の意見をちゃんと聞いていなかった。自分の考えをきちんと伝えていなかった。
 考えうる最良の選択をしたつもりだけれど、でもそれはジュードにとっての最良で。
 エリーゼはずっと、樹界の険しい道にも魔物との戦いにも不平をこぼさなかった。否を唱えたのは離れ離れになることだけ。
 短くも危険な旅路の後になお、一緒に行きたいとエリーゼは言ったのだ。
「僕は……」
 子供だからと言い含められて、自分の意見を聞き入れてもらえないもどかしさを、知っていたのに。

 ――お父さんはあなたが心配なのよ。わかってあげて。

 頭ではわかっている。
 でも。それでも。
 胸に広がる痛みを瞬きしてやりすごす。ゆっくりと開いた瞳には、穏やかな光が灯っていた。
 ああ、同じ気持ちを味わわせていたのだろうか。
 ジュードは膝に手をついて、同じ高さから若草色の瞳を見つめる。
「ごめんね。僕はエリーゼのためにって思って、全然エリーゼの気持ちを確かめてなかった」
「じゃあ……!」
 小さな拳が胸の前で握られる。身を乗り出したエリーゼを、ジュードは首を傾けて制した。かがめていた腰を伸ばし、ソファーを示す。
「その前に、ちゃんと話をしよう。僕が考えてること、エリーゼが考えてること」
 どうしてエリーゼをカラハ・シャールに置いていったのか。
 この旅の目的。待ち受けているだろう危険。
 きちんと全部話して、それでもエリーゼが望むならば。その時は。

「またよろしくね、エリーゼ」
「はい、お任せです!」
『ボクとエリーがいればヒャクニンリキだね〜』

 差し出した手に小さな掌が重なって。
 ティポがくるりと周囲を跳ねた。
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