XILLIA

悪い大人

「アルヴィン、どこ行くの?」
 黙って部屋を出ようとすれば呼び止められることなどわかってはいた。それでも背中からかけられた声に心がささくれ立つ。
 とがめられている気がするのは負い目を感じてるからだろうか。
 裏切りなんて何度でも――呼び止めた少年に対しても働いてきたのに、何をいまさら。
 己の思考にバカバカしくなって唇が歪んだ。
「ちょっと知り合いんトコ」
 背を向けたまま片手を振る。
 それだけで、このお人よしな青少年は追求をあきらめる。もっと明確な答えが欲しかったんだろうに。ホント、都合のいいこと。
 子供らしからぬ距離の測り方をありがたく受け取ってドアノブに手をかける。
「明日は闘技大会なんだから、あまり遅くならないでよ」
「へいへい。晩飯までには戻るって」
 この世話焼きが。
 肩をすくめて振り向くと、ジュードの瞳がまっすぐにこちらを見ていた。身長差のせいで自然と見上げる形になる。
 微かに揺れる蜂蜜色。
 ああ、なんだ。
 闘技大会だからなんて建前で告げられた言葉の真意が透けて見える。大人びた気遣いの奥に隠そうとしているのは寂しさだ。
 取り繕ってはいるが要するに、早く帰ってきてほしいんだろう?
「いい子で待ってろよ、ジュード君」
 なんだかんだ言ってやっぱりこいつはガキだ。
 浮かんだ笑みをそのままからかいに変える。きっとわかりやすい反応を返すだろうと次の言葉を用意して、会話が途切れた。
 見開かれた瞳。
 瞬きの間にそれは前髪に隠れ、長いため息にとって代わる。
「……もう、そうやって子供扱いする」
 ため息の後に吐き出された言葉は最初に予想していたものだけれど。
 何かおかしなことを言っただろうか。
 ひっかかるものを感じながらも、俺は優等生の作った流れに乗ることにした。
「そりゃあ俺から見たらジュード君はまだコドモですから?」
 笑い飛ばせば、何事もなかったかのようにいつもの空気に戻る。
 少し拗ねた、それでいてどこかほっとしたような吐息を背中で聞きながら、俺は今度こそドアを開けた。
(わかってんのかね、コイツ)
 寂しいくせに、踏みこまれずに安堵する少年の、なんと愚かなことか。


* * *


 久々に訪れた食堂の、いつもの席に腰を下ろす。安物の椅子が小さくきしんだ。
 日の出ているうちから飲んだくれたオヤジどもの声がやかましい。昼には遅く、夕飯には早い中途な時間だというのににぎわっているのは闘技大会を目前にしているからか。
 やれ今年はどこの部族が優勝するだの、どの魔物を操るのかだの、熱気を孕んだ会話があちこちで弾んでいる。
 メニューを見る振りで耳をそばだてても不穏な気配は感じない。
 ちらりと視線を向ければ、ウェイトレスがやってくる。テーブルに水を置いた拍子に、腕に巻いた黄色いバンダナが揺れた。
「いらっしゃいませ」
「さすが闘技大会前日ってだけあって、街全体が賑やかだねぇ」
「本当に。今年はキタル族が参加しないって噂もあって賭けの配当もすごいことになってるみたいですよ。私も一口買おうかと思ってたんですけど、迷っちゃって」
「じゃあお姉さんだけにこっそり教えちゃおうかな」
 飄々とした笑みを貼りつけて左手を口元に当てれば、彼女は心得たように腰をかがめて耳を寄せてきた。
 どうせ周囲の連中に聞かれたところで空言としかとられないだろうが、それでも念のため声を低くして囁く。
「マクスウェルはキタル族代表として闘技大会に参加する」
「!」
 体を起こしたウェイトレス――いや、アルクノアの諜報員はその瞳に一瞬だけ剣呑な光を宿らせた。
 微かに頷いた後、女は一転して見事な営業スマイルを浮かべる。
「へえー。ありがとうございます、参考にさせてもらいますね」
「どーいたしまして」
 適当な注文を受けて去る背中を見送って、テーブルに肘をついた。
 帰郷を願う同胞でありながら、アルクノアのメンバーと言葉を交わすのはあまりいい気分がしない。なにせやりとりする情報の全容が見えない。ジランドの野郎にいいように使われている現状を思い知らされる。
 盛大に息を吐き出した。
 これからどう立ち回るにせよ、今ジランドの目的を調べるわけにはいかない。
 この街には母さんがいる。あの家はアルクノアに知られていないとはいえ、迂闊なマネをして探りを入れられてはたまらない。
 その点、マクスウェルの動向というのは、連中の注意を引きつけるにはうってつけだった。
(悪いけどエサになってもらうぜ、ミラ様)
 置かれた酒を一口飲んで、唇の端をつりあげた。
 ふと、出がけのやりとりを思い出す。
 俺の『知り合い』がアルクノアだと知った時、あの優等生はどんな顔をするだろう。どうしてと俺をなじるのか。もっと問い詰めておけばよかったと悔やむのか。
 せっかくよくできたオツムを周囲を疑う事に使わないから、こういうことになるんだ。
 グラスの中身を飲み干して立ち上がる。
 何か指示があれば向こうから接触してくるだろう。ここに長居する気はなかった。
 硬貨を置いて外に出る。
「さて、どうするかね」
 西の空は茜色に染まり始めているが、日が沈むにはまだ時間があった。
 母さんの様子を見に行くか。
 だがここから直接向かいたくはないし、シャン・ドゥに着いた直後にも顔を見せたから、あまり行くと疲れされてしまうかもしれない。
「……大人しく宿に戻るかね」
 大通りに出ればいつの間にかずいぶんな数の屋台が軒を連ねていた。
 さすが十年に一度の闘技大会。
 人ごみの中をすり抜けて歩いていたら、喧騒の中でもなお騒がしい声が耳に入った。

「閃いた! チョコバナナならぬチョコフランクフルトってイケると思わない!?」
「む。ふらんくふると、とはどんな食べ物だ」
「さっき屋台があったよ、こっち!」
「むぐ、へいあ、はっへふふぁふぁい」

 いや味の組み合わせもさることながらチョコ溶けるだろ、それ。
 内心でツッコミを入れていたら向こうも俺に気付いたようだ。両手に食いもん握って歩いてくる。うちの女性陣は食欲旺盛だこと。
 ま、ミラもエリーゼも祭なんて初めてだろうしな。
 足を止めて待っていると、レイアの体がつんのめった。たこ焼きとチョコバナナでふさがった両手をばたつかせている。ったく危なっかしい。
「ほい」
「あ、ありがと。アルヴィン君も出かけてたんだ」
 ごまかすように笑うレイアの後ろから、ミラとエリーゼ、ティポも追いつく。
「あれ、おたくらだけ? ジュード君は?」
 あのお節介で心配性の優等生がこの人ごみに女だけを放り出すのは意外だった。
 首を傾げた俺に対して、レイアの目が丸くなり、エリーゼ姫のほっぺたが膨れた。なんだ?
『アルヴィン君が何か言ったんじゃないのかー!?』
「は、俺?」
 丸い目を吊り上げて迫るティポを掌で押しのける。
 さすがになんでもかんでも俺のせいにされるのは止めてもらいたい。
 眉間にしわを寄せていたら、ふくれっつらのエリーゼが見上げてきた。
「だって……ジュードを誘ったら、留守番してるからって言われました」
「アルヴィン君が頼んだんじゃないの?」
 チョコバナナを揺らしながらレイアまでそんなことを言ってくる。
 ちなみにミラ様はさっきからずっとなんか食ってらっしゃる。
「別に俺は……」
 肩をすくめようとして――見開かれた琥珀を思い出した。
 は? 何、あいつ、もしかして。
 いやまさか。
 首を振って心に浮かんだものを否定する。
「確かに『いい子で待ってろよ』とは言ったが、あいつだって冗談だってわかってたぜ?」
 途端に、レイアの表情が曇った。
「アルヴィン君。早く、帰ってあげて」
「この時間におたくら置いていくわけにもいかないでしょーよ」
「いいから」
 わずかに俯いた視線が彷徨うのは、口にしていいかどうか迷っているのだろう。意を決して握られた拳からは、先ほどまでの暢気さは感じられない。
「例え冗談だってわかってても、『待ってろ』って言われたらジュードは待つよ」
 ましてや『いい子で』なんて言われたら。
 痛みを堪えるような目に見上げられて、どうにも居心地悪い。
 あんな、約束とも言えない言葉を守ってるって?
 あのお人よしがエリーゼの誘いを断って?
 寂しいんじゃなかったのかよ。なんでわざわざ1人になる方を選んでるんだ。
「……『いい子』でいることが、そんなに大事かよ」
 唇から零れ落ちた声音にレイアは眉尻を下げた。

 ああ、だけど。
 俺だって母さんに『幼年学校の寄宿舎にいるアルフレド』の幻想を見せ続けるのに必死だ。もし誰かが間違ってると言ったとしても知ったことか。それが母さんの『幸せ』なら。
 俺は母さんを連れてエレンピオスに帰るんだ。

 取り繕う事を忘れた苦々しい呟きは、幸いにもエリーゼにまでは届かなかったらしい。首を傾げたお姫様の横でティポがこっちを睨んでいる。
『よくわかんないけど、やっぱりアルヴィン君のせいなんだなー?』
「ならばアルヴィン、お前は早く帰るといい。私達はまだ『ふらんくふると』を食べていないからな」
 両手に持っていたものを食べきったミラが手持無沙汰な様子で言い捨てる。
 まあ別に、帰るのはもとよりそのつもりだったわけだが……どうしたもんかね。
 視線を滑らせたところで、買い物を済ませたらしいローエンが見えた。
「おや皆さん、こんなところでどうしました?」
「アルヴィンが、ジュードに留守番させてふらふらしてたからお説教、です」
 あ、お姫様の中では俺が悪者確定なのね。
 ここで反論して行き先を追及されるのも面倒だ。ちょうどいいから後はローエンに任せて退散するか。
「はいはい、戻りますよっと。んじゃ、また後でな」
 軽く手を振って、宿の方へと歩き出す。

 俺はこうやってはぐらかして、ごまかして、演技して――エレンピオスに帰るためにあがいてる。
 なあ、優等生。
 ひとりになってまでいい子を続けて、それでおたくは何を得るんだ?

「お母さん、あれ買って!」
「はいはい。昨日ちゃんとお手伝いしてくれたものね」
 すれ違う親子の会話に視線を上げると、おもちゃみたいな赤が目についた。


* * *


 ドアを開ける。
 薄暗い部屋を見渡せば、小さな机にかじりついているジュードが見えた。集中しているらしく、まるでこっちに気付いた様子はない。
 なんか、急いで帰る必要なかったんじゃね?
 振り向く気配のまるでない肩に右手を乗せた。
「優等生はまーたお勉強か」
「おかえり。早かったね」
 見上げる表情に影が濃いのは、黄昏のせいだ。
 ジュードが室内の明かりを灯せば、そこにはいつもどおりのお人よしの笑顔。
 レイアの思い過ごしだったのかもしれない。ジュードだってひとりでゆっくり過ごしたいこともあるだろう。
「晩飯までに帰ってくるって言ったろ。とはいえ、他の連中は宿では食わなそうだったけど」
「え?」
「外で会ったんだよ。ミラ様とエリーゼ姫が屋台物はじめてだってんで止まらなくてな。レイアもどれが美味いとか勧めるばっかで止めねぇし」
「……って、そんな状態の3人を置いてきたの!?」
 椅子を蹴倒しそうな勢いで立ち上がる。
 ……だよな、こいつはそういう奴だ。周りの心配ばかり。
 なのについていかなかったというのは、やっぱり、そういうことなのだろうか。
「平気だろ、ローエンが合流してたし」
「ならいいけど」
 ほっと息を吐き出して座り直したジュードが、はたと俺を見上げる。
「……もしかして、僕に伝えるために戻ってきてくれたの?」
 申し訳なさそうに下がる眉尻。
 嬉しいなら素直に喜んどきゃいいものを。
「お姫様方から逃げてきただけだよ。ほい」
 買ったばかりのりんご飴を鼻先に突きつけた。
 ただ、目についただけで。こんなものはただの子供だましの気まぐれだ。
「? 何?」
「りんご飴」
「それは見ればわかるけど」
「いい子でお留守番してたジュード君にご褒美」
 空っぽの手にりんご飴を押し付ける。
 ゆらりと溶けた蜂蜜は落ちてきた前髪に隠れてしまう。必死にこらえているんだろうが、肩が小刻みに震えていた。
「……あ、りが、と」
 たかが飴ひとつで。馬鹿だな優等生。
 俺はさっきまで、アルクノアの人間と会ってきたんだぜ。自分の目的のためにミラを売ったんだ。どころか、俺はミラの……マクスウェルの死さえ願っている。
 いくらいい子にし続けたところで、遠くない未来に、俺はおたくを決定的に裏切るよ。
 笑いだしたくなると同時に、なぜか泣きだしたくもなって――今更流す涙なんてないけれど――ベッドに腰かけることでごまかした。
 ジュードはりんご飴を見つめたまま固まっている。
「どした」
「その、どうやって食べたらいいのかなって」
「は? なめるでもかじるでも好きにしろよ。つーか食ったことないわけ?」
「う、うん。屋台で買い食いってあんまりしたことなくて」
 ため息をつかずにいられなかった。
 何、それも『いい子』だからとかそういう話?
「優等生ってばホント真面目というか……」
「別にお祭に行かなかったわけじゃないんだよ?」
「いーから食っちまえ。飯行こうぜ」
 ガキだ甘ちゃんだと思っていたが、こいつの『いい子』ぶりはそんな次元じゃないのかもしれない。
 たかが飴のひとつや食事に行こうという一言で顔をほころばせるほどに見返りのない道を選び続ける神経なんて俺には理解できなかった。
 まあ、結局、お人よしに付け込んで利用してきた俺がどうこういう話でもないんだが。
 サクリとりんごをかじる音がする。
 ああ、くそ。
 甘い匂いが鼻孔をくすぐって――無性に、ピーチパイが食べたくなった。

  プロフィール  PR:無料HP  氷見自動車学校  売掛金買取 利率  電気工事士 資格  EIBACH  スタッドレスタイヤ 販売  タイヤ エスティマ 格安  東京 専門学校 資格  中古 フェンダー  パワーストーン専門店  リフォーム 見積  株エヴァンジェリスト 退会  タイヤ 取り付け 半田市  バイアグラ 通販