XILLIA2

選択をするために

※前提※
この話のルドガーは、エルが呪霊術に侵されている時の選択で
『何か方法があるはずだ……』を選択しています。








 兄さんを捕まえることはできなかったが、カナンの道標は回収した。侵入した分史世界に存在したものと、兄さんがクランスピア社から奪ったものの2つ。
 報告するまでもなく状況は知られているようだ。GHSが鳴る。
「カナンの道標回収を確認しました。ビズリー社長も十分な成果だとおっしゃっています」
「……」
 違う。俺だけじゃ何もできなかった。
 そんなことを彼女に言っても仕方がないとわかっているから、唇を噛んでやり過ごす。
 答えない俺の心情を気遣ってか、あるいはそれが仕事だからか――おそらく後者だろう――ヴェルは「リドウ室長へはこちらから連絡しておきます」と事務的に告げて通話を切った。正直ありがたい。あいつに自分から連絡するなんてごめんだ。
 待ち受け画面に戻ったGHSを操作してジュードに連絡を取る。分史世界に行ったことは伝えられていたらしい。安堵の声が耳をくすぐった。
「ああ、全員無事だ。キジル海瀑ってところにいるから、これから戻るよ」
「わかった。イラート海停で合流しよう」
「ああ」
 目的は果たしたのだから、先に帰ることもできるのに。
 当然のように帰路を共にしてくれるのが、慣れない土地ではありがたい。何しろ今いる面子ときたら、分史世界の元マクスウェルと常識の通じない大精霊、それから子供2人と猫1匹。保護者気分だなんて言ったら機嫌を損ねるだろうから絶対に口にはしないけど。
「ほら、遊んでないで帰るぞ」
「遊んでませんー。おみやげを探してたんですー!」
 波打ち際にしゃがんでいるエルに声をかけると、さっきまで術にかかって苦しんでいたのが嘘のように勢いよく振り向かれた。元気になったなら何よりだ。エリーゼのおかげだな。
 突き出された掌には小さな貝殻が乗っている。
「お仕事手伝ってもらったんだからお礼しないとダメなんだよ。気のきかないアイボーをもつとタイヘンだし!」
「はは……しっかりした相棒で助かるよ」
「何やってんの。このあたりは魔物が出るんだからさっさと戻るわよ」
 苦笑を浮かべていたらミラにどやされた。
 どうやら保護者気分なんていうのは取り下げだな。肩をすくめてからエルを促し、俺たちはキジル海瀑を後にした。


* * *


 イラート海停に到着したのは夕刻だった。
 ミュゼがいることに驚かれたり、何があったのかを説明したりしていればすぐに日は暮れる。
 歩き通しで疲れたんだろう、エルは夕食後にすぐまぶたをこすりはじめてレイアとエリーゼが部屋に連れていった。
 明日の船の時間を確認して解散する。部屋に向かったもののすぐには眠る気になれなくてロビーに出た。屋根のある場所に着いたからだろうか、魔物を気にせずにすむとなったら今度は分史世界や兄さんのことがあれこれと浮かんで落ち着かない。
 ソファーに座り、リーゼ・マクシアに来て初めて知った光る草をなんとはなしに眺めていたら。
「眠れないの?」
 唐突に降ってきた声に意識が引き戻された。いつの間にかジュードが目の前に立っていて、両手に持ったマグカップのひとつを差し出してくる。
「もしかして起こしたか?」
「ううん、本を読んでたら喉乾いちゃって。隣いい?」
「ああ」
 カップの中身はホットミルクだった。
 一口すすればやさしい味が体をほぐしてくれる。
「……甘い。何か入れてあるのか?」
「え? 普通に牛乳をあたためただけだけど」
「牛乳って、こんなに美味いものだったんだな」
 今まで飲んでいたものとはまるでコクが違った。こと食材に関してはリーゼ・マクシアが羨ましい。輸入も始まっているとはいえ、マクスバードならまだしもトリグラフではなかなかの値段になってしまう。
 隣に座ったジュードが小さく笑った。
「ルドガーは本当に料理が好きなんだね」
「どうせ作るなら美味しいって言ってもらえるほうがいいだろ?」
「ああ、うん。その気持ちは僕もわかるなあ」
 頷きながらマグカップに口をつけるジュードを横目に、脳裏に浮かんだのは兄さんの声だった。

 ――やっぱりお前の作るトマト料理は最高だな。

 毎日食べてるんだからもう慣れてるだろうに、ことあるごとに褒めてくれたっけ。なんだって美味しそうに食べてくれるけど、トマトは本当に嬉しそうにするもんだから俺のレパートリーはトマト料理ばかりが増えていく。
 当たり前のはずだった笑顔がこんなにも遠い。どうして兄さんは何も言ってくれないんだ。何をしようとしてるんだ。どこへ行ったんだ。
 マグカップをきつく両手で握りこむ。
「ね、ルドガー」
 ああ、せっかくジュードが気遣ってくれたのに、またぐるぐると。
 情けないな。持ち上げたカップの内側で息を吐く。
 返事をしない俺にかまわず、ジュードはこめかみに人差し指を当てた。考えをまとめる時、彼はよくこの仕草をしている。
「僕たち、ユリウスさんを追いかけてるんじゃなくて実はユリウスさんに守られてるんじゃないのかな?」
「……?」
 とっさには言葉が出なくて瞬きを繰り返す。
 兄さんはろくな説明もせずにエルを渡せと――だけどエルを助けることが出来たのは兄さんがいたからだ。あげく時歪の因子まで置いていって。
 守られてるって?
 手を下ろしたジュードは俺に視線を合わせ、ゆっくりと頷く。
「なんとなくだけど、そう思うんだ」
 淡い光に照らされた琥珀がまっすぐに俺を覗きこんだかと思えば、ぱちりとひとつ瞬いて眉尻を下げた。
「僕はその場にいなかったのに、勝手なこと言ってごめん」
「いや」
 首を横に振る。
 なんとなくだろうと勝手な想像だろうと兄さんの気持ちを示唆する言葉は『どうして』ばかりが巡っていた頭を少し落ち着かせてくれた。
 守られている。
 守る。
 兄さんも、そんなようなことを言っていなかったか。
「……ジュードには命にかえても守りたいものってあるか?」
 唐突な問いかけだったのにジュードは首を傾げもしなかった。ただ、一度瞼を落として、ゆっくりと胸元で拳を作る。
 沈黙は長くは続かず、琥珀の瞳が強い光を伴って遠くを見上げた。
「信念……ううん、約束かな」
 まるでそこに愛おしいものがあるかのように、目を細める。
 年下のはずなのに、ジュードはこうして俺よりよほど大人びた横顔をする。
「人と精霊の未来を作る。そのために僕は絶対に源霊匣を完成させる。だから死ぬわけにはいかない……って、矛盾しちゃったね」
 俺は首を横に振って、カップの中身に視線を落とした。
 ジュードには大切だとはっきり言えるものがある。多分、兄さんにも。
 俺はどうなんだろう。
「エルが魔物の術にかかってどうしていいかわからなかった時、言われたんだ」

 ――だったら守り通せ。自分の命をかけて!

 迷うな。
 そう告げた兄さんの視線は厳しくて、でも見覚えのあるものだった。俺の知っている兄さんだった。
「なんで人のために自分の命をかけられるんだ?」
 恐くないのか。それほど大事ってどんな気持ちなんだ。
 わからないから兄さんにいつまでたっても子供扱いされるんだろうか。
 答えが知りたくて、ジュードの顔を見つめる。
「人のためじゃないよ」
 返されたのはやわらかな否定。
 見つめ返す瞳は穏やかでいて揺るぎない。
「あきらめてしまったら、僕が僕でなくなってしまう。この約束があるから僕は前を向ける」
「ジュードは強いんだな」
「違うよ。僕は見つけられただけ」
 何も特別なことじゃないと微笑む。
 苦しんでいるエルを前にしてうろたえるばかりだった俺にも、そんな風に思える何かが見つかるんだろうか。
 ジュードのように。兄さんのように。
「……迷うな、か」
「僕は迷ってもいいと思う」
 はじめて兄さんの言葉と正反対のことを言われて、弾かれるように顔を上げた。いつの間にか俯いていたことにすら気付かなかった。
「迷うってことは、考えてるってことでしょ?」
「けど、迷ってるだけで何も出来なかったら意味ないだろ」
「それはそうだよ。迷って、考えて、それで自分が一番いいと思う道を決めるんだ」
 穏やかに眉尻を下げていた瞳が、不意に険しさを増した。
「ルドガー」
 一転して硬質な声音が俺の名を呼ぶ。
 まっすぐな瞳に射抜かれて呼吸を忘れそうになる。釣り上がった眦は力強く、でもどこか痛みを飲み込んだような色をしていて。
「君はこれからどうしたい?」
 きっと、大切な問いなのだ。でも。
 答えられずにいたら言葉を重ねられた。
「君が望んでこんな状況にあるわけじゃないことは知ってる。だけど、流されてるだけじゃダメなんだ」
 そんなこと言われても現状はどうしようもないじゃないか。
 莫大な借金。骸殻能力。兄さんの失踪。警察からはテロとの関わりを疑われ。
 エージェントになるよう言われた時、俺に選択肢がないと憤ったのはジュードだろう。なのになんでそんなこと。
「僕がそうだった」
「?」
 ぽつりと落とされた言葉に、唇から零れる寸前の反論は栓を抜いた風呂の水みたいに喉の奥に消えた。
 よっぽど顔に出ていたんだろうか。鋭い光を湛えていた琥珀が色を和らげた。穏やかな声で紡がれたのはけっこうとんでもない台詞。
「僕も指名手配されたことがあって」
「えぇっ!?」
「あ、今はもう解除されてるからね?」
 慌てた口調で付け足された。いやさすがに巷で有名な新進気鋭の源霊匣研究者が現在進行形で指名手配されてるわけがないのはわかる。
 そう言えば、手配書の似顔絵がどうとか前に言ってたっけ。ジュードも描かれたんだな、アレ……。
 横道にそれた思考を少し硬い声が引き戻す。
「どうしていいかわからなくて、人を手伝うことで自分の目的を見つけたつもりになってた。でもそれは判断を押しつけてるだけだったんだ。その人がいなくなった途端に、僕は何もできなくなった」
 どうしていいかわからない。その気持ちはまさに俺が最近何度も感じたものだ。どうしていいかわからないまま、あってないような選択肢を選ばされてここにいる。
 けど、何もできずに立ち止まっているジュードというのは、俺の知っている彼の姿からは想像がつかなかった。
 目を丸くしたら、困ったような笑みを返される。
「周りに迷惑をかけたし、レイアも傷つけた。だからルドガーには、取り返しのつかないことになる前に、ちゃんと考えておいてほしいんだ」
 まっすぐに俺を見つめて、ジュードはいったん言葉を区切った。

「ルドガーは、カナンの地に行きたいの?」

 カナンの地。
 どんな願いも叶うのなら言いたいことはいくらでもある。けどビズリーの話を聞く限り、俺個人の願いを叶える隙間なんてない。叶えられる願いはひとつだけ。それは分史世界の消去でなければならない。
 だったら辿りつくのは誰でもいいじゃないか。俺は別に、自分の手で世界を救いたいなんて思っちゃいない。
 それなら、兄さんにエルを渡してしまえばよかったはずだ。そして“クルスニクの鍵”は俺じゃないとビズリーに告げれば、全ては俺の手を離れたに違いない。
 ……そんなこと、できるか。
 指先に力がこもる。
「約束したんだ。エルと一緒にカナンの地に行くって」
 なりゆき任せの出来事の中で、差し出された小指を絡めたのは確かに俺の意思だった。

 ――やめろ。誰にとっても不幸な結果になるぞ!

 兄さんの言葉に不安がないとは言わない。
 だけどあの時、それ以上に湧きあがったのは怒りにも似た衝動だった。
 この期に及んで隠すなよ。俺に関係あることのはずなのに、俺の知らないところで物事が進んでいる。
「カナンの地を目指せば、きっと真実に辿りつける。俺はそれが知りたい」
「ユリウスさんが望んでいないとしても?」
「……ああ」
 一語一語区切るように確認するジュードの瞳に正面から頷いてみせる。
 何も知らないまま守られるのも、振りまわされるのも嫌だ。ましてや、いくつもの世界を壊しておいて今更何も見なかったふりをするのも。だったらもう進むしかないじゃないか。
 思えばクラン社への就職を目指したときから、俺はずっと、兄さんと同じ世界を見たかった。
 まっすぐに見つめること数秒。
「そっか」
 ジュードの瞳が穏やかに細められた。
 張り詰めていた空気がかき消えて、俺の唇も持ち上がる。
「ジュードだってカナンの地に行くんだろう?」
 道標の探索には“クルスニクの鍵”の力が必要だ。俺が行きたくないと言ったらどうするつもりだったんだ。
 冗談めかして問えば、ひどく真面目な答えが返ってきた。
「そうだね、ルドガーがいないと困る。でもそれは僕の都合だから、ルドガーはルドガーの気持ちを大切にしていいんだ」
「お人よしだな」
「人のこと言えないでしょ」
 一瞬の沈黙。
 見つめ合えばどうにもおかしくて俺たちは同時に吹きだした。押し殺した笑い声がロビーに響く。
 何が解決したわけでもないけど、少しすっきりした。
 すっかり冷めたカップの中身を飲み干す。
「ありがとな、ジュード。なんとなく整理できた気がする」
 命をかけるだけの覚悟があるかって言われたら、まだはっきりとは頷けないけど。
 ちゃんと考える。俺にとって大切なものがなんなのか。
 そうでなければもう一度兄さんの前に立つことなんてできないだろうから。
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