XILLIA2

明日は来ない

「慌てるな。カナンの地は逃げはしない」
 紫に染まった空の下、マクスバード。
 ミラの鋭い眼光を受けてなおビズリーは泰然とした姿勢を崩さない。どうあってもここで話を続ける気はないらしい。
 僅かな沈黙の後に妥協を示したのはルドガーだった。
 振り返った湖水の色をした瞳にジュードが頷く。ここで睨みあっていても話は進まないならばトリグラフへ向かうしかない。
 歩き始めた皆に続きながら、エリーゼは眉根をひそめた。

 クロノスの妨害。
 ルドガーを助けるためにクロノスと共に消えたユリウス。
 釈然としないビズリーの態度。
 エルの拒絶。

 ようやくカナンの地が現れたというのに、すっきりしないことだらけだ。傍らに浮かぶティポも言葉なく耳を垂れさせた。
「皆さん、少々よろしいでしょうか」
 ローエンの声に顔を上げる。シャウルーザ越溝橋に差し掛かろうとしたところで皆揃って足を止めた。
「私は両国政府に連絡してまいります。カナンの地出現に対する混乱を抑えておかなければ」
「任せる」
 ガイアスが頷く。
 すでに驚きと不安の声がそこかしこから聞こえてくる。早急に手を打たねば国民感情に余計な疑心が生じかねない。根も葉もない噂を完全に止めることはできなくとも、政府としての公式見解を用意しておくことは必要だった。
 胸に手を当てて一礼したローエンを見送って再び歩き出す。立ち並ぶ商店からは常とは違うざわめきが聞こえていた。
 ローエンはローエンにできること、やらねばならないことをするために動いた。
 できること。やるべきこと。
「わたし、ここに残ります」
 エリーゼは足を止め、振り向いた年上の友人たちを見上げる。
「ルドガーもジュードもクランスピア社に行くんですよね?」
「うん。エルのことは心配だけど……」
「私たちはビズリーからカナンの地へ渡る方法を聞かねばならん」
 視線を下げたルドガーの隣で、ジュードが苦しげに頷いた。尻すぼみになった言葉を引き継いだのはミラだ。
 冷たい、と1年前なら思っただろう。
 けれどエリーゼはもう知っている。ミラだってエルのことがどうでもいいわけではない。ただ使命と、そしてエルと交わした約束を果たすために進んでいるのだ。ジュードだってそう。悩みながらもなすべきことをなすために歩いている。
 ルドガーは……少し考える時間が必要かもしれない。
「だったら、わたしはここに残ってエルを探します」
 エルのお姉さんになろうと決めたのだ。
 今、そのためにやるべきは皆のあとについていくことじゃない。
 ずっと一緒にいた相棒を突き放した幼子は、今どんな気持ちでいるだろう。放っておくなんてできるものか。
「え? でも……」
 戸惑いの声を上げたのはレイアだ。普段は明るい瞳が、今は所在なさげに揺らいでいる。
 どうしてレイアが足踏みしているのだろう。エルが駆け出した時に追いかけなかったのも、距離を置いた方がいいなんて言うのも、全部意外で仕方ない。
 頑張るしかできないと言いながらいつだって体当たりで気持ちをぶつけてくれるのがエリーゼの知るレイアだった。
 ティポが目をつりあげる。
『そんなふうにウジウジしてるなんてレイアらしくないぞー!』
「ほら、わたし、そうやって考えなしに突っ走って傷つけちゃうからさ。同じこと、繰り返したくないって言うか」
 帰ってきたのは曖昧な苦笑。体を左右に揺らし、視線をそらされる。
 エリーゼとティポはそろって瞳を瞬かせた。
『それってボクのデータが盗まれた時のことー?』
「あ、あれは、わたしもレイアに酷いこと言ったから」
 拳を握って身を乗り出す。
 1年前のリーベリー岩孔で、ティポの真実と両親の死を知ったエリーゼは悲しみとショックのあまり周囲を拒絶した。誰も自分を理解してくれないと、レイアの言葉を跳ねのけた。
 仲直りして、もう終わったことだと思っていたけれど、いまだ傷痕は残っていたのか。
 エリーゼは必死に首を左右に振った。結んだ髪が大きく揺れる。
「レイアが追いかけてきてくれなかったら、もっと悲しい気持ちになったと思うんです」
「エリーゼ……ありがと」
 やわらかい言葉が降ってくる。さっきまでの頼りない声じゃない。穏やかで、優しい声。
 ほっと息を吐いた。
「言いましたよね、わたしはおせっかいなレイアが好きなんです」
「そっか、うん。よーし、わたしもエルを探しに行く!」
 ぐっと両の拳を頭上に掲げ、レイアは声を張り上げた。
 よかった。いつもの頑張り屋さんでおせっかいなレイアだ。
 頬を緩めたら、ルドガーが一歩こちらへ踏み出した。
「だったら俺も……!」
「おたくがいたらエルがどっかに隠れちまうかもしれないだろ」
 それまで黙っていたアルヴィンがばっさり切り捨てた。メッシュの入った銀の髪がうなだれる。
「アルヴィン、そんな言い方しなくても」
「いいんだ、ジュード。確かに俺とは話したくないのかもしれないし」
 うなだれたまま踏み出した足を下げるルドガー。足元でルルが短く鳴いた。
 出会ってからの期間は長くないとはいえ、これほどに力ない様子の青年を見るのはエリーゼは初めてだった。
 早くいつもの2人に戻ってほしい。そのためにも、早くエルに会いたい。エリーゼの瞳に力がこもる。
「ルドガーには言いにくいことなら、わたしが相談に乗ってあげたいです」
「てわけだから、こっちは俺たちに任せとけって」
 ウィンクしたアルヴィンがいつの間にか後ろに立っていた。レイアが口元をほころばせる。
「アルヴィンも来てくれるの?」
「人手は多い方がいいだろ」
『手が増えてもアルヴィンじゃなあ〜』
 くるりと周囲を飛ぶティポ。拗ねて見せるアルヴィンと笑うレイアはなんでもないいつもの光景だ。
 ルドガーの表情から力が抜けた。
「……ありがとう。頼むよ、皆」
「こっちでも何かわかったらすぐに連絡するから」
 ジュードもまた、わずかながら瞳をやわらげてエリーゼを見つめ返した。その表情が安堵を意味するならば、こんなときだけど嬉しく思う。頼りにしてくれた。ならば彼らの分も力を尽くそう。
 しっかりと頷いたエリーゼの横で、ティポが『まっかせてー!』と大きく跳ねた。


* * *


 3人で手分けして、マクスバード中を探しまわった。
 道行く人に尋ね、港で積み上げられた荷の隙間を覗き、時に声を張り上げて名を呼んだ。探して、探して、探し続けて――気付けば商店が店じまいを始めていた。
 紫に染まっていた空も夜の帳に包まれる。
 本人の姿はおろか、手がかりさえも見つからない。
「エル……」
 とうとう俯いたエリーゼのポケットでGHSがメールの着信を告げた。
 レイアかアルヴィンか、それとも。はやる気持ちもそのままにボタンを押せば、メールの送信者はルドガーだった。

『エルはクラン社に保護されたらしい。3人とも探してくれてありがとうな』

 短い文面を読んで初めに覚えたのは落胆だった。
 頼むと言ってくれたのに。任せてくれたのに。エルをこの手で探しだすことが出来なかった。
 それでもまだルドガーの元にエルが帰ったのなら安心もできたのに。
 ため息が零れる。
 らしい、ということはまだ会えていないのか。ルドガーはクランスピア社でその話を聞いたのだろう。なら、エルは今どこに。
 思い返せばマクスバード中を走りまわる間、クランスピア社の社員を見かけただろうか。エルを見つけることに必死で、よく覚えていない。
 眉間にしわを寄せて画面を見つめていたら、今度は通話を知らせる音が鳴った。アルヴィンだ。
「アルヴィン、ルドガーからのメール見ましたか?」
『ああ。ともかく一旦合流しよう。レイアには俺から連絡するから』
「わかりました」
 待ち合わせ場所を確認して、GHSを閉じる。
 落ち着いてはいたけれど、アルヴィンの声も明るいとは言えなかった。同じように釈然としない気持ちを抱いているのだろうか。
 とにかく今は状況を確認したい。
 そうしてどうか、このモヤモヤがすべて杞憂だったのだと笑わせてほしい。
 GHSを握る手に力がこもる。眉間のしわがとれぬまま、疲れた足を叱咤した。
「エリーゼ、こっち」
 断界線シェルラインの見える広場の一角、すでにレイアとアルヴィンが立っていた。手招かれて小走りに近づく。
「エルは保護されたって……今どこにいるんでしょうか」
「連絡してみたけど、ルドガーもまだ細かいことはわかってないみたい」
 首を左右に振るレイア。
 わかっているのは、まだ仲間の誰もエルと会えていないこと。
「とりあえず宿をとろうぜ。今からじゃもうトリグラフに行く列車もねぇし」
「だったらエルもまだマクスバードにいるんでしょうか」
「うん、きっとそうだよ」
 ルドガーからのメールが伝聞形なのは、列車がなくて今日中にエルがトリグラフに辿りつけないだけなのかもしれない。どこかの宿で休んでるのだ。
 レイアが勢いよく頷いた。
 そう、きっとただ、それだけ。
 ルドガーとジュードに胸を張った手前ちょっと格好がつかないけれど、明日になればエルに会える。
『今頃、エルだけクランスピア社のお金で豪華な夕飯食べてるのかも……!』
 匂いをかぐように身をよじるティポ。
 ぐぅ、とエリーゼのお腹が控えめに主張した。アルヴィンが口角を持ち上げる。
「まずは飯だ飯」
「だね。腹が減っては戦は出来ぬ!」
 保護したと言われてしまった以上、外を歩き回る意味はない。
 トリグラフに向かって皆と合流するにせよ、エルの所在を尋ねるにせよ、今夜の宿の確保は必要だ。それから腹ごしらえも。
 頬を赤らめつつもエリーゼは頷いた。
 エレンピオス側に出てホテルに入ると、ラウンジでくつろぐ人々の会話が聞こえてきた。
「空のアレ、なんなんですかね」
「びっくりしてドヴォールの家族に連絡したんですが『日の出てるうちから酔ってるのか』なんて言われましたよ」
「おやおや。奥様は目の当たりにしないと信じられませんか」
 フロントに向かいながら顔を見合わせる。
 ちょうど断界線のあたりに浮かんだカナンの地は、マクスバード以外では見えないらしい。
 ならばどんな方法か知らないがカナンの地に渡るときはこの街からになるのだろう。クランスピア社に話を聞きに行った皆とすれ違いになるといけないから、明日はこのままマクスバードで連絡を待つべきか。
「明日なったらルドガーに連絡してみようよ」
 レイアの言葉に頷いて、ホテル併設のレストランに移動する。
「……明日は、エルと一緒にご飯を食べたいですね」
『今日はルドガーの料理食べ損ねちゃったし〜』
 ぽかぽかと湯気を立てるミルク仕立てのサーモンスープは少し塩気が強かった。
 ルドガーの作るご飯の方が美味しい。エルもどこかでルドガーのスープを恋しがってるかもしれない。
 だから、明日はきっと。


 明日は。
 明日になれば。


 だけどもう、エルはとっくに決断していたのだ。
 誰に相談することもなく、たったひとりで。

 ――約束より……大事なことがあるんだよっ!

 その言葉の意味を、どうしてわかってあげられなかったのだろう。
 きつく拳を握って紫色の空を仰いだ。
「待っててくださいね、エル」
 今度こそちゃんと追いかけるから。
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